Thursday, May 10, 2007

アルト

アルト (Alto) はスズキのハッチバック型軽自動車。かつては同社の看板車種だった。
同社のワゴンRが登場するまでは、「軽自動車界のカローラ」などと呼ばれたことがあった。
1979年5月にフロンテのライトバンとして発売。型式は『H-SS30V』。当時、軽ボンネットバン(商用車)は物品税が無税だったこともあり、全国統一車両本体価格は47万円という驚異的な低価格で爆発的に売れた。
1979年10月、2シーター発売
1980年5月、AT発売 2段型の、トルコン式セミATであった。(1速と2速を手動で切り替える)
1981年1月、3気筒SOHC4ストロークエンジン(F5A)搭載車発売
1982年10月、マイナーチェンジ
1983年10月、4WD発売
一代センセーショナルを引き起こした初代アルトだったが、ダイハツ・スバル・三菱が続けて軽ボンネットバンを販売したこともあり、生産台数が徐々に伸び悩み始めていた。そこでスズキはアルトをフルモデルチェンジさせ、他社のモデル(特にダイハツ・ミラ)に対抗した。従来より内装の質感を高めると共に、スカートを履いた女性の乗り降りを楽にするというコンセプトの下、回転ドライバーズシートを一部の車種に採用し、アピールポイントとした。

新型のアルトラパン値引き情報
1984年9月発売。今回から全車4ストロークエンジンとなる。一部車種に回転ドライバーズシートを採用した。
1984年12月、4WDが追加。
1985年9月、軽自動車初の電子制御燃料噴射装置(EPI)付き3気筒SOHCインタークーラーターボモデル「アルトターボ」を追加。
1985年10月、5ドアが追加。
1986年7月、マイナーチェンジ。異形ヘッドランプの採用とフロント周り及びインパネの変更を行い、軽自動車初の4バルブ化された3気筒DOHCエンジンを搭載した「アルトツインカム12RS」シリーズを追加。リアサスペンションには新開発の「アイソトレーテッド・トレーリング・リンク(I.T.L)」式リジットコイルサスペンション(実質的にはラテラルロッド3リンクコイルリジットサスペンション)をスポーティー系グレードを含む一部の上位グレードに採用。
1986年7月、コラム式2速ATとベンチシートを採用した「レジーナ」発売。
1987年1月、「ウォークスルーバン」発売。
1987年2月、「アルトワークス」シリーズ発売。3気筒4バルブDOHCインタークーラーターボエンジンを搭載し、軽自動車業界に64馬力の出力規制を作るきっかけになった。中でもRS-Rは軽自動車初のビスカスカップリング式フルタイム4WDを採用した最強のスペックを誇り、自動車業界にかなり衝撃を与えた。
1987年8月、3速AT車を発売。
回転ドライバーズシートがセールスポイントだった先代のアルトは、ホイールベースが他社のモデルと比較して小さく、室内空間で一歩見劣りしていた。 そうした問題を踏まえて、三代目のアルトはホイールベースを一気に伸ばし、当時の軽自動車の中で一番大きくすると共に、モデルバリエーションに従来のレジーナなどに加えて、両側スライドドアのスライドスリムを新たに加えた。エンジンは先に三代目セルボに搭載されたF5B型(3気筒SOHC12バルブ)を一部のグレードに採用し、それ以外はSOHC、DOHC、ターボに関わらず全てF5A型(バン、ワークスを含む)を採用。スズキ車情報

1988年9月発売。両側スライドドアのグレードも設定したが、狭い場所での乗降が楽な反面、電動式ではなかったため、「ドアが重い」と女性オーナーからクレームが多く、また短いスカートを履いた女性はドアを開けてシートを回転させて降りる際に、スカートの中が見えてしまう(スイングドアと違ってドアを開けたときに運転席が丸見えになってしまう為)という声もあり、このアルトの中で最も特徴的なモデルであったにも関わらず、ヒット作とはならなかった。このモデルからは2代目以降のマツダ・キャロルのベースモデルにも採用された。ワークスは独立車種として標準モデルのアルトとは異なるデザインになり、丸目2灯のライトにエアロパーツで武装した外観を持ちスペックに関しては従来の過激さそのままだったが、マイルドなF5A/F6ASOHCターボ車(SX系)も設定された。また、女性向けの特別仕様車としてSOHCターボ車に設定されたワークスieは後にカタログモデルとなる。後にターボF6AもDOHC化され、アフターマーケットではリビルドの「ワークスエンジン」と称し軽車両改造目的のエンジンスワップ用として流通しており、足回り関連もこの代からセルボ、キャロルへと修理流用が利く。ちなみに5ドアのアルトは、韓国の大宇国民車(現:GM大宇)では「ティコ」のネーミングでこのモデルが生産された。
1989年4月、消費税施行に伴い、物品税が廃止されると、ボンネットバンのメリットが薄れたためアルトにも5ナンバー車を設定し、フロンテはアルトに統合される形で生産終了となった。
1990年3月、マイナーチェンジ。新規格化に伴い、エンジンを550㏄のF5B型から660㏄のF6A型へスイッチ。更にフロント部分を大幅変更、リヤバンパーも大型化して新規格に対応。ワークスも、バンモデルから乗用5ナンバーモデルへと変化。スライドスリムは右側(運転席側)のみをスライドドアとし、左ドア(助手席側)を5ドアのボディパネルに変更して、1:2ドアの形をとった。また「重い」とクレームの多かったスライドドアに、パワークロージャー機構を採用し、使い勝手を向上させている。
1991年9月、マイナーチェンジ。3ドア車のドアのアウターハンドルの形状を変更(縦型→横型)。ワークスRS/R及びRS/Xのリヤブレーキがディスク化された。またレジーナが廃止された。
1992年6月、ワークスRが追加。全日本ラリー選手権でダイハツ・ミラX4Rに立ち向かう為に開発されたラリー仕様車。4WDのみの設定であり外観は特に変更された所は無いが中身はかなりの変更を受けている。まずMTはクロス化、エンジン内部には手が加えられフロントマフラーを変更、内装は軽量化の為簡略化されアンダーコートも最初から付いてない状態である。またパワーウインドウの設定もなくエアコンはオプション(ラリーの規定のNに対応するため)になり、R専用タービン、一段コアの多いインタークーラー、大型の羽のついたラジエターファン、ハイカムなど盛りだくさん。リヤシートも軽量化の為バン用のを装着、その為他のワークスは乗用車登録の5ナンバーであるのに対し、ワークスRは商用車登録の4ナンバーである。車両重量はベースのRS/Rが700kgであるのに対し20kg減の680kgとなっている。後期最終型のRには大型のボンネットフードや鍛造ピストンが奢られている。今はなきN1RCPUをユーザーが後付けすることにより本来の実力を発揮する。そのままでも90PSを誇るそのエンジンは、CPUの封印を解くことにより100PSを発生すると言われる。ちなみに白のみの車体色の設定だが競技用モデルのためドアミラーは黒になり、スチールホイールとなる。また専用ステッカーも貼られる。ワークスRはその翌年から2年連続して全日本ラリー選手権Aクラス&全日本ダートトライアル選手権AⅠクラスのチャンピオンマシンとなっている。
またこの3代目アルトには1991年に後部の全高を高めたモデルの「ハッスル」という個性派グレードも設定されていた。「ハッスル」には3ドアバンの他に3ドアワゴンも存在する。しかしあまりにも個性的なキャラクター故に販売台数は非常に少なかった。このような経緯から、「ハッスル」のコンセプトのごく一部がのちの初代ワゴンRのコンセプトに生かされる事となる。

1994年発売。デザイン的に先代からのキープコンセプトでホイールベースを含むボディサイズは先代から据え置かれたが、レジーナやスライドスリムなどのバリエーションは無くなり、3ドアと5ドア、そしてスポーツ仕様のワークスのみとなる。先代はベスト・アルトのコンセプト通り大ヒット作となったが、コスト削減のためか4代目は身内であるワゴンRの影響によってやや影の薄れたモデルとなってしまった。フルモデルチェンジでワークスのエンジンは新開発のオールアルミ製3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボのK6A型を搭載する事になる。
1995年プレマイナーチェンジ。制御用コンピュータが従来の8ビットから16ビットへ変更された。
1997年本格的なマイナーチェンジ。フロントグリル、リアバックドア等のデザインの変更。
1998年2度目のマイナーチェンジ。ワークスを除く実用系グレードのフロントグリルを含むフロントバンパー等のデザインの変更。

マツダ

マツダ株式会社 (マツダかぶしきがいしゃ、MAZDA Motor Corporation、漢字表記は「松田株式会社」) は、日本にある自動車・発動機製造会社である。

本社は広島県安芸郡府中町にある。ロータリーエンジンを搭載した自動車を量産し続けている世界で唯一の企業。バブル期の拡大路線でつまずき経営悪化となり、現在はアメリカの自動車会社フォード・モーターが株式の約29%を所有する。フォードの非連結関連会社である。 販売不振にあえぐフォードとは対照的に、「ZOOM-ZOOM」のキャッチフレーズで、マツダが本来得意とする日本車離れしたスタイルと、走行性能を重視した独自の商品戦略で幅広く好評を得ており、長期にわたって低迷していた業績のV字回復を果たした。特に海外諸国で販売好調が続いている事から、2005年度の営業収益は1,234億円を記録した。
マツダ(自動車セレクション)

自動車検査証上の表記や一般的な通称は「マツダ」、漢字は「松田」、英語表記「MAZDA」。中国語表記は、中国では「马自达」、香港では「萬事得」、台湾では「馬自達」となっている。

なお、住友グループの白水会には名を連ねていないが、住友グループとは関係が深い。そのためか一部の資料では、マツダを住友グループに含めているものがある。(このようなメーカーは他にアサヒビールや松下電器産業などがある)

新型のマツダ値引き情報
現在の企業キャッチフレーズは「ZOOM-ZOOM」で、もともと、映画、「オンリー・ザ・ストロング」(Only The Strong)がきっかけで 、各国のモーターショーやテレビCM曲にも使われている。

ちなみに日本人には、外国語の企業キャッチフレーズである「ZOOM-ZOOM」の意味そのものが、外国語であるせいか日本人にはなかなか浸透せずに認知度が低かった事もあってか、日本人にも企業キャッチフレーズが分りやすく認知度を広める為に、2005年から放映されている日本国内向けのCMは、「♪ZOOM-ZOOM-ZOOM~走る喜び~」から始まる日本語の歌詞が加えられた「ZOOM-ZOOM」の曲に変更されている。しかし、初期はそれが「ZOOM-ZOOM」と言っているが分かる人は少なく、「スーンスーン」に聞こえたことから、今なお各インターネット掲示板などのネットコミュニティではこちらがキャッチフレーズのようになっている。

マツダの中古車買取査定
フォードとは、以前からアジアオセアニア地域向け車両をマツダの車両ベースで販売したり、日本国内ではオートラマ店(現フォード店)扱いで、マツダ車を日本フォードのブランドとして販売する関係であったが、フォード主導での経営再建後は、マツダの得意分野である、FUNな乗り味や、若々しいデザインを活かし、フォードグループのエンジン開発や、フォードグループ共通のプラットフォーム開発など、フォード本体の車両開発に大きく関わるようになり、マツダはフォードグループの一員としての重責を果たすようになる。

バブル期から1990年代末にかけて、フランス・シトロエン車やイタリア・ランチアの輸入をしていた時代もある。シトロエンは系列のユーノス店 (ほぼ全店舗) 、BXやエグザンティアが販売され、ランチアは一部のオートザム店でテーマやデルタやアウトビアンキ・Y10を販売していたが、フォードとの関係強化に伴い撤退した。

企業博物館のマツダミュージアムを、宇品工場内に開設している。

トヨタ・シエンタ

シエンタ(SIENTA)は、トヨタ自動車のミニバン型自動車である。小型の3列7人乗りのミニバンでヴィッツのプラットフォームを元に開発した(車体形式こそヴィッツの系譜に入るものの、実際のベースはカローラ系であるようだ)。後席に両側スライドドアを採用し、一部グレードでは助手席側が電動式になり、運転席側はオプション設定。取り扱いディーラーはトヨタカローラ店(マイナーチェンジ前まではネッツトヨタ店でも取り扱っていた)。新型のシエンタ値引き情報

シンボルマークは「シエンタ」のSを象ったものと思われるが、なぜか北米トヨタのサイオンのエンブレムに酷似している。

エンジンは1NZ-FE型直41500ccエンジンのみ(FF車用はVVT-i対応ロッカーアーム式DOHC16バルブエンジン、4WD車用はVVT-i対応直動式DOHC16バルブエンジン。最高出力や最大トルクがFF車用、4WD車用でそれぞれ異なる)である。トランスミッションは、FF車はCVT、4WD車は4速ATになる。
シエンタの中古車買取査定

全車にアナログ式(同アナログ式タコメーターも全車に標準装備)センターメーターが採用されている。

2003年9月29日 初代シエンタ発売。
2004年8月 一部改良。
FF車のアイドリング回転数を調整し、また、全車にクリーンエアフィルターが装備された。
2004年12月24日 特別仕様車Xリミテッド発売。
Xグレードをベースに、パワースライドドア、ディスチャージヘッドランプ、専用内装、オプティトロンメーターなどを特別装備した。
2005年8月18日 一部改良。
SU-LEVの認定(FF車のみ)を受けるとともに、ヘッドライトにレベリング機構を装備(ディスチャージヘッドランプ車はオートレベリング化)した。
2006年5月16日 マイナーチェンジ。
外装の変更や新色の追加、全車にドアミラーウインカーを装備したほか、Xグレードにエアロパーツ、専用グレー内装、メッキアウトサイドドアハンドルなどを追加した"S EDITION"が追加された。また、一部グレードでは両側パワースライドドアをオプション設定した。メーターのデザインも変更され、グレー基調のシックなものに変更された(オプティトロンメーターのデザイン変更は無し)。このマイナーチェンジによって、サンルーフが廃止された。


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