Friday, February 09, 2007

スバル

富士重工業(ふじじゅうこうぎょう、FHI)は、日本の重工業メーカーのひとつ。「スバル(SUBARU)」のブランド名で自動車などを製造している。 通称「富士重工」、「富士重(ふじじゅう)」とも。英訳名は、Fuji Heavy Industries Ltd.(英略称はFHI)。

1999年12月からゼネラルモーターズ(GM)と資本・業務提携をしていたが、2005年10月5日に、ゼネラルモータースが保有する富士重工株20%をすべて放出、そのうちトヨタ自動車が8.7%を買い取り筆頭株主となった。今後は富士重工とトヨタが資本・業務提携する。

ゼネラルモーターズグループのスズキと、軽自動車の部品の共通化などをすすめてきていたが、今後はトヨタ及びトヨタ傘下のダイハツ工業との共通化が進むと推測される。新型のスバル値引き情報

1917年に中島知久平が創設した飛行機研究所が起源。 中島飛行機を前身とする。戦後中島飛行機は12社に分割されたが、1953年7月15日に旧中島飛行機系5社が合同して富士重工業株式会社として設立。 その際に参加を熱望されながらもブリヂストン傘下で独自の道を歩んだ富士精密はプリンス自動車に発展し、スカイライン等の名車を生み出しながらも日産自動車に吸収合併された。

1966年に東邦化学株式会社と合併し、存続会社を東邦化学株式会社として商号を富士重工業としたため、法律的には消滅している。(株式額面金額変更が目的)

本社は東京都新宿区新宿駅西口のスバルビルにある。 スバル公式サイト

工場は群馬県太田市を拠点とし、周辺の市町にもある。

スバル(昴)とはプレアデス星団の和名。別名「六連星(むつらぼし)」ともいい、富士重工業のシンボルマークとなっている。

一時期、「スバル株式会社」への社名変更を計画したが、創業50周年の2003年7月15日をもって、従来の富士重工の頭文字を取った(フ)マークの社章を自動車ブランド・スバルと同じ「六連星」に変更するにとどまった。 スバルの新車

一部で『谷村新司が歌う「昴」は元々はこの会社のイメージソングであった。』とされるがこれは正しくない。「昴」は歌詞から見ても別れの唄である。富士重工を意識して製作された歌謡曲は「我が人生は昴なり」(作詞作曲:石坂まさを、唄:美帆さゆみ)である。作曲家の石坂まさを自身が熱烈なスバルファンであり、「生真面目で人情味あるスバルの姿を唄い上げたもの」と公言している。原作は「我が人生はスバルなり」であったが、発売時には商品イメージを消すためにあえて漢字の「昴」を当てている。 なお、スバルを中国語表記すると「速覇陸」であり、WRCで活躍する同社のイメージにふさわしい漢字が当てられているといえる。

1968年から1999年までは日産自動車と提携していたが、提携効果があまりなく、新車種も一部のスバリスト以外には歓迎されず、状況は悪化の一途を辿った。スバルの中古車買取査定

1984年3代目レオーネ9タイプの型式指定を受ける際、試作車が申請書類上の重量より5.5~30kg軽かったということから、バンパーなどに鉛を詰めて辻褄を合わせた事件が発覚する。

1988年には、ボルボ・カーズ・ジャパン株式会社と業務提携を結び、一部のスバル販売店にてボルボ車の販売を始める。

1990年に日産ディーゼル社長(当時)の川合勇が着任し、現在の主力車種の多くの基盤を確立、同社の危機的状況脱出への道筋をつけた。

1997年にレガシィのエンジン欠陥などのリコール隠しが発覚。運輸省による立ち入り検査が行われ、同省より警告を受ける。

2000年からはゼネラルモータース(GM)と提携していたが、こちらも同傘下のSAABにインプレッサ・スポーツワゴンのOEM車種サーブ9-2Xを提供したり、GMのタイ工場製のトラヴィックを供給する程度で効果を十分に発揮しない状態だった。それを活性化する為にも2003年から開発がスタートしたB9トライベッカではサーブ版を最初からサーブ側と共同開発する計画だったが、GMの業績悪化に伴い2005年10月5日には、GMが保有する富士重工株20%をすべて放出し、この共同開発も取りやめられた。放出株のうち、8.7%をトヨタ自動車が買い取って筆頭株主となり、富士重工とトヨタが提携することで合意した、と発表された。またボルボ販売網をヤナセへ売却し、ボルボ車販売から撤退した。
スバルの中古車情報

三菱自動車

三菱自動車工業株式会社(みつびしじどうしゃこうぎょう、MITSUBISHI MOTORS CORPORATION)は、三菱グループに属する日本の自動車製造者の一つで、1970年に三菱重工業から独立した。
三菱自動車の中古車情報
三菱重工業とクライスラーとの合弁事業としてスタートし、1993年までクライスラーと資本提携していた。その後、2000年からドイツに本拠を置くダイムラー・クライスラーと資本提携関係となったが、現在は解消。技術提携関係は現在も継続されている。
新型の三菱自動車値引き情報

2003年には、トラックやバスなど大型車事業を分社化した。(左記のブランドに関しては三菱ふそうトラック・バスを参照)

モータースポーツ事業に力を注ぎ、世界ラリー選手権(WRC)やパリ・ダカール・ラリーに参戦し、総合優勝をはじめとした好成績を多く残している。「ランサー」と「パジェロ」はあまりにも有名である。また、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)の親会社でもある。
三菱自動車オフィシャルサイト
自動車検査証では「三菱」と表記されるが、一般的な通称は「三菱自動車」である。「三菱自工」と略することもある(例・水島臨海鉄道の三菱自工前駅)。
1976年~1982年ごろまで、三菱のイニシャルであるアルファベットの“M”を模したエンブレムを付けていたが、いすゞやホンダと間違えられがちだったため1980年代~1990年代中ごろには英文社名からの略「MMC」をシンボルマークとし、スリーダイヤも消えていた時期もあったが(ふそうの中大型商業車のステアリングホイールにはちゃんとスリーダイヤが刻印されていた)、インターネットでのドメイン名「mmc.co.jp」が同じ三菱グループの三菱マテリアルに先に使われたこともあって現在MMCは欧文でのニュースリリース以外ではほとんど使われていない。(三菱ふそうバス製造ではMMCロゴが2003年頃まで窓ガラスに使われていた)
2000年に三菱リコール隠しが発覚。この不祥事を受けて、同社の自動車売り上げが減少した。
三菱自動車の中古車買取査定

主な開発・生産拠点

日本国内
乗用車技術センター(愛知県岡崎市)- 乗用車の研究・開発拠点、岡崎テストコース。
水島製作所(岡山県倉敷市) - 一部の乗用車、軽自動車全車種、軽自動車用パワートレインの生産。
名古屋製作所(愛知県岡崎市)- 乗用車の生産拠点。
岡崎工場(同上)- 一部の乗用車の生産。
大江工場(愛知県名古屋市港区)- 2001年に閉鎖。同じ敷地の三菱ふそう大江バス工場は存続。
パワートレイン製作所 - 乗用車用パワートレインの設計、生産
京都工場(京都府京都市右京区)
滋賀工場(滋賀県湖南市)
パジェロ製造株式会社(岐阜県加茂郡坂祝町)- パジェロなどの生産
十勝研究所(北海道河東郡音更町)- 新型車のテスト走行など
東京デザインスタジオ(東京都港区)- 本社に併設されている。かつては、東京三菱自動車販売多摩ニュータウン店(東京都多摩市)の隣に拠点を置いていたが、現在は移動に伴いデザインスタジオは閉鎖されている。


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